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2010.11.26 Fri
休み時間♪の香林さんと、こないだの週末、とある場所で諸々調査してました。
あっちこっちうろうろしたり、盲導犬と握手したり、東北×上越って意味が全く分からなかったり。
まあ、そんなこんなで過ごしてたんですが。


香林さんといえば~ってことで、新撰組の旧跡に行ってきました~v

場所は試衛館と板橋。
どこにあるか知っていても、行ったことなかったんです。

まずは、試衛館。

大江戸線の牛込柳町駅でということなんですが、大江戸線って乗り換えづらい。
特に新橋からだと、どこかの駅で乗り換えのために改札出て歩かないといけないんです。
都内の地下鉄って、駅の構内はすっごく歩くんですが、分かりやすい。
でも、外を歩くと駅によってはさっぱり分からない~、人が多くて歩きづらい、ってなります。

tobasu.jpg




ということで、新橋から都バス。
銀座口の②の乗り場、「小滝橋車庫前」行きです。
「牛込柳町駅前」で下車。
土日は1時間に1,2本、平日でも3本くらいなので、
ご確認を。



map1.jpg



マップの黄色いラインが大通り。
十字路が一番低く、全部坂道になってます。
目印になる看板などが全然ないです。

atoti.jpg
病院の横を折れて入ると、右側に跡地の標識が建ってます。ただ標識しか建ってないので寂しいんです。
この奥に見えるのは神社?よく分かりませんでした。
住宅地の中でひっそりと、忘れられたような寂しさがありました。


板橋は東口に出ればすぐです。
マックの目の前。
板橋駅、なんにもないのですぐに分かると思います。
boti.jpg
pati.jpg kontoshi.jpg
入って、左手に永倉さん。まんなかには局長と副長。

kon.jpg
近藤さんは何故か手に柿ピー。
スマートというよりもずんぐり体系なのが近藤さんっぽい♪

永倉さんは、試衛館時代からの近藤さんや土方さんの同士です。
新撰組でも沖田さんと争う剣の達人。
京都から江戸へ戻った後、近藤さんと決裂し、諸々あって北海道に渡りました。
永倉さんは元々松前藩(北海道)の藩士で、江戸育ち。

この永倉さんが明治になり、近藤さんや土方さんの追悼碑を建てたのが、この板橋。
近藤さんは板橋の刑場で、武士としてではなくただの罪人として処刑されています。
永倉さんは、他に生き残った仲間や多摩の人々と共に、
新政府からきせられた新撰組への汚名を晴らすために奔走してます。
明治9年という年に、敵となって死んだ人物を弔うための大金。集めた永倉さんは大変だったと思います。
永倉さんは死んだ後はこの板橋に埋めて欲しいということで、分骨されてここで眠っています。

永倉さんにとっては、近藤さんも土方さんも自分の上司というよりも、仲間。
明治になって、立場が変わったがために仲間が悪く言われるのは耐えがたかったでしょうね。
永倉さんが最期に眠る場所に、死線を幾度も越えた仲間の隣をと望んだというのが…ちょっとね、泣けます。
新撰組についてもたくさん語ってたんですよねえ。

永倉さんは明治になって「杉村義衛」と名前を変えています。
この名前も、考えるといろんな意味がありそうですよね。
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