はじめによもやまペット本(小説やら漫画やら)銀魂色塗り自作の話HRK博物館や美術館寺社仏閣

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2010.06.12 Sat
絵の権利は
「読書とジャンプ」のむらきかずはさんにあります。


私に権利がありませんので、よろしくお願いします。

それから、続きを読む以降は私の書いた話です。
銀魂の世界観を基にしておりますが、公式なものではまったくないので、覚悟を決めてどうぞ。

今回の話は京都旅行に伴って作った本の為に、紙ベースで書いたので文章が読みにくいかもしれません。
武州時代と江戸での過去と現在が並列で書いてあります。
また銀魂らしからぬ恋の話をテーマで考えた、四つの話のうちの一つとなっております。

また、土方さんやミツバさんが絡んでくるので、純粋に銀魂を楽しんでいらっしゃる方や、
特定のカップリングがお好きな方、また色っぽい話が苦手な方は止めておいたほうが無難です。

話の長さの関係上三つに区切ってあります。
こちらは<3>となっておりますので、前を読まれる方は<1>へ<2>をどうぞ


塗り絵をなさったのは、サクラバコのハコさんです。
ハコさんにはタイトルだけでなく中の挿絵も塗っていただきました。毎度毎度どうもありがとう♪



では、楽しんでいただければ幸いです。

kuyuru-toshi-haco.jpg
月を紫煙に燻らせて <3>


二十七日月 三

バチがあたればいいんだ。
失った傷の深さを思い出させる痕が、過去を忘れないでいるための痕が自分にだけ分かるようにつけばいいのに。そう思って眺めた爪あとは江戸に出る前に、すでに消えていた。
じわじわとしみこんだ想いは骨の髄にも及んでいて、体の中から抜けたと思っても時折思い出したように疼いた。
しばらくは周りのヤツが武州を口にするたびに、頭の中に繰り出される残像に黒い幕を張って、耳に残る声を他の声で消した。
総悟は、姉のことをしばらく口に出そうとしなかった。
小さなヤツの頭の中は、俺とは違った意味で彼女のことで一杯なのだ。






周りが思うほど平気だったわけじゃねェ、

平気じゃなかったわけでもねェ。

とうに終わったことなのだと努めようとしていた。

努めようとしなければいけないということが、

きっと想いがまだあることの証だって気づいちゃあいたが。


江戸へ出て、一年二年と年月がずいぶん過ぎて、いつの間にか俺は平常心でいられるようになった。武州の話を耳にしても昔のことについて聞かれても、女を買うことも、人を殺した返り血を拭うこともなんともないフリを平然と出来るようになった。そしてそれは、いつも繰り返される日常になった。
実際、江戸での日々は武州ののどかだった日々とは違い、毎日が雑務に追われた。
近藤さんに出会うまで一匹狼で人とつるむことが嫌いだった俺が、部下の面倒を見て組のためにあちこちに頭を下げて、必要ならおべんちゃらも使う。近藤さんの背中を護り、攘夷浪士を日夜追いかけ、少しずつ俺は武州から遠くなった。
それに気がついて、終わったのだと思った。もう、全ては終わったのだと。

大義名分をかざして血刀を振るおうが、正義の名の下に人を切ろうがたいした違いはねえ。人を殺してるだけだ。殺される人間と一緒にその向こう側にいる遺された人間の恨みつらみをひっかぶることにも、なんの違いはねえ。
江戸へ出て初めて人を切って自分の手を他人の血に濡らして、俺の手には生涯消えねえ刻印が付いた。
初めて人を殺めた日、もうまっさらな手には戻れないんだと実感した。
切れそうなほど冷たい水で手を何度も洗い、爪の中に残った臙脂色に乾いた血の塊を流した。流しても流しても、もう元には戻ることがない手に残る感触が、頭の中で繰り返されて吐き気を催した。意地を張って吐くことをせずになんでもないように装ったが、その晩は眠れなかった。頭の中をよぎる映像が意味をなさなくなるほど繰り返して、白々と朝になるのを暖かくならない布団の中で迎えた。


武州を出て以来、俺は一度も彼女に会わなかった。
頑ななまでに会わないように気をつけた。総悟を訪ねて彼女は江戸に何度か訪れたが、その度に俺は姿をちらっとすら見ることがないようにしていた。
彼女の婚儀が決まったという話をぼんやり聞いたときも、思っていた以上に衝撃を受けなかったことにほっとした。頭の中で何度も繰り返しシュミレートしていたせいだろう。張り込み中に山崎が思いつめたように口にしたが、自分でも拍子抜けするほど隊務に支障をきたすこともなかった。
婚約者だという男の家の様子を伺うことにしたのも、私心じゃねえ。ただ、必要だっただけだ。なにせ相手は攘夷浪士に武器を売る地獄の商人だった。
男の豪邸の前で、車のライトが照らし出した男女の中に彼女がいることに気が付いたのは、車を降りてからだった。なぜだか総悟はそこにいず、銀色の髪の万事屋と砂色の髪の彼女。肩よりも短くなった髪と大人の女になった顔。
「と、十四郎さ」震えながら俺を呼ぶその声で、俺は息を止めた。俺の名前を以前のようには最後まで口にすることも出来ず、咳き込みながら崩れるように倒れていく彼女に俺は近寄ることも出来なかった。馬鹿みたいに突っ立って、彼女を運ぶ万事屋と山崎を見ていることしか出来なかった。
もし、あのまま彼女が倒れなかったら、俺はどうしていたんだろう。

最後に彼女を見たのは、その屋敷の布団の上だった。
縁側から横目で伺った、熱を帯びてだるそうな眼差し。
楽しそうにいつも笑っていたあの頃の彼女は、もうそこにはいなかった。
時間が俺にいつの間にか流れたように、彼女の上にも静かに流れたのだ。


その後、彼女の姿を見ることはなかった。
地獄の商人の顔をむき出しにした彼女の婚約者を追い、一人で全部どうにかしようとして脚を撃たれ、結局一人では何もなし得なかった。その間、彼女は病院のベットの上で婚約者を失い、一番辛い時間を最愛の弟とも過ごせず、一人で苦痛に耐えた。
総悟に言いたいことが山ほどあっただろうに、俺はそいつも奪ったんだ。

雨に濡れた体を拭き、撃たれた脚を手当てしてもらい、俺は病院の屋上へ上がることにした。
一人になりたかった。
一人にしてくれと言った俺を、ありがたいことに誰も追ってはこなかった。階下でどうなってるのか察しもついてたし、そういうことになっているんだろうと、ぼんやり思った。
総悟と、最期に少しでも話ができているだろうか。

のんびり上がるエレベーターの操作パネルを見てスイッチを押しても、現実味がまるで沸いてこなかった。真っ暗な廊下を借りた松葉杖を使いながらゆっくりと非常灯の緑の灯りを目指し、階段を上がりながら灯りに群がる夏の虫を思い出す。
鈍く光るドアノブを回し、力をこめてドアを開けた。
水分を含んだ風がごうっと俺を吹き抜けて、建物の中へと落ちるように消えていった。

屋上には誰もいなかった。
濡れたコンクリートを避けながら、町の灯りを見下ろせる手すりへと近づいた。手すりに体重を預け息を吐き、ふと、まだ暗い空を見上げた。雨を呼んだ雲は飛び、明ける前の雨上がりの夜空にきれいな月があった。

細い、細い消え入りそうな白い月。
あの日の手のひらについていた、爪あとのような月。

あの日空に浮かんでいた、始まりの細い月とは逆を向いた、終わりの細い月。


もう、もう戻れねぇんだ、な。


ふいに、まつげに縁取られた夜色の目に昔の想いが見る間に溜まって小さな泉を作った。感情の堰が緩んだ瞬間に泉は決壊して、頬を濡らす過去が次々としじまへと落ちて、コンクリートに証を小さく残した。
口の中に入れた言い訳が激しく音を立てて辛さを募らせるから俺はそいつのせいにして、想いが流れるままに任せた。

口にすることができなかった。

たった一言。

たった数文字。

瞬きをする間に、息を吸う間に、剣を抜くよりも早く終わってしまう、短い言葉。
俺の中から永遠に吐き出されることのなかった彼女への言葉。彼女が俺へ口にすることすら俺が許そうとしなかった、全てを変えてしまう力を持った、言葉。

どこかへ落ちてしまった、俺の言葉。

体中の骨片や関節が振るって出すような声が、俺の歯の間から漏れるのを遠い意識の隙間から聞いた。

でも、もし戻ることが出来たとしたって、
俺は同じことを繰り返す。
同じ痛みを同じ長さだけ味わって、
今のこの有様だとしても。

俺は同じことをする。


二十七日月    四

女の名前が書かれたカードは目に付かないように、文箱にしまって置いた。カードのうすいピンク地に赤とピンクでけばけばしく描かれたハートの模様も、撫子という女の源氏名も、店の名前も、手書きの下手な誘い文句も頭の中にしっかり焼きついて、殴られた女の顔や尖った声と一緒に何度も俺の頭に勝手に浮かんできた。
総悟ならあの女を見てなんと言うだろう。憤慨するだろうか、それともあの女に姉を見るだろうか。
違う女だと俺も分かっている。実際は他人から見たら似てるとすら思わねえのかもしれねえな。そんなことも分かっているのに、何度も考えている自分に気が付いて、土方は驚いた。

店に行って違う女だと俺は思い知らされなきゃいけねえんじゃないか。そう決めたのは、数日たってのことだった。
屯所で昼下がりに一服し、山崎の報告書を目の前にしても、文字が頭に入るより先に女の顔が浮かんできた。仕事へと頭が切りかわらねえ。
文箱のカードを取り出すと財布に入れ、夜が更けるのを俺は待った。

客引きの文句や通りに広がる嬌声も耳には入らなかった。「帰る」と「進む」が一緒になって頭の中がごちゃごちゃと混乱したままだった。一足ごとに決意が変わり、自分でもどうしたら一番いいかが判断できなくなりそうになる。
自販機の前で立ち止まってタバコを買い、火をつけた。辛いニコチンを肺に吸い込んで、ため息をつくようにゆっくりと吐き出す。三度繰り返して、日付も代わった時間に店へと向かった。

先日の通りからほんのちょっとだけ大通りに近い場所に店はあった。雑居ビルの一階で、カードと同じ赤とピンクのハートが一杯に掲げられた看板が大きく出ている。
大声でがなりたてる客引きが近寄ってきて、中に入れば何でもありだとニヤニヤとした顔で土方に声をかけた。口をきくことすら嫌でカードを差し出すと、男の顔がにんまりと笑った。カモ発見、懐具合をチェックしろと品定めをしている。もう、この時間にやってくるなら泊まり客だ。たんまり稼ぐことを考えてるんだろう。

狭い通路を奥へと通され、部屋にあがると和室だった。先日とはうって変わってきれいな着物を着、丁寧に結い上げられた髪。狭い和室の向こうには襖が見える。頭を下げて女が出迎えた。
「よくいらっしゃいました、撫子です。」そう言って顔を上げ、にっこりと微笑む。
やっぱり似ている。
「うれしい、来てくれるの待ってたの。ねえ、何か食べます?食べてもいいかな?」慣れた手つきで土方の手をさっととろうとするので、反射的に手を引いた。
「ね、お酒でも呑む?和室だしビールより日本酒って感じかな?お刺身とか頼んでもいい?」
高い酒やつまみを頼んだ分が彼女の懐にいくらか入るんだろう。メニューには居酒屋の何倍もの金額が載っているが、メニューがあるだけましな店だ。土方は彼女の言うとおりに、日本酒をと刺身を頼んだ。
頼んだ酒は悪酔いしそうな安物の味がした。こういう店では酒の味なんて必要ねえんだろうな。お猪口に注がれた酒をくっと一息で空けると少し冷静になった。女を抱えるどの店も同じだ。

「私、あんな恥ずかしいところ見られたでしょ、もう来てくれないんじゃないかって思ってた。だからね、来てくれてすっごくうれしい」なれなれしくそう言って土方に笑いかける女は、先日とは別人のように見えた。
「顔、残ってねえな」
「ああ、あれね」一瞬、何を言ってるのかわからないという顔でこちらを見た。彼女にとっては、日常茶飯事にでもなっているのかもしれない。
「女に手を出すなんてひどいよね。もうね、あの男とは別れたの。ホントよ、ダメな男にはうんざり。あなたが来てくれなかったらやばいとこだった」
通りすがっただけなんだがな、と冷たく思えるのは、それなりに場数を踏んだからなんだろうな。土方がタバコを銜えるとすぐに女が火をつけてくれた。
「やっぱり、大人の男っていいよね。ねえ、名前なんていうの?なんて呼んだらうれしいのかな?」
黙ったままタバコをふかしてそれを答えにすると、女は腹が立ったようだった。むっとした顔を一瞬覗かせ、営業スマイルをすぐに浮かべる。やっぱり素人じゃねえよな、と当たり前のことを思う。
「ごめんなさい、言いたくなかったんですね」しおらしい様子への急な方針転換に女って怖えなと思いながらも、さっきとは違うこのトーンでしゃべられると戸惑う。
「私、本当にうれしくて、はしゃいじゃって」
声をちょっとずつかえて、様子を伺う女から土方は身構えるように視線をそらした。
「来てくれるなんて思ってなかったから、私、うれしくて。もうちょっとだけ、側によってもいいですか」そう言いながら近くへと座りなおすと、そらしたままの俺の顔を見上げた。
横を向いて黙ったままでタバコをふかす俺を、能弁な沈黙のまま女がじっと見つめていて息苦しい。

「タバコ」
耳元で小さな声がして、ふわりと女の匂いが風を纏って漂った。横を向いてがら空きだった首筋を、女の長い髪の毛がぞくりと肌を撫でた。
「!」一瞬息をのむと、女は小さくなったタバコを俺の指からそっと取って灰皿に押し付けた。
驚いたまま顔を見ると、不安げに見上げて直にすっと視線をそらした。そして、空になったまま置いてあった俺のお猪口に酒を満たし、俺へと手渡そうとする。ぐらりと揺れた女のしぐさが演技だと分かっていても、とっさに手を差し出した。
「あ、危ねぇ」女と触れた手を、俺は払いのけることができなかった。
女が今度はそらさずに俺を下から見上げると、その視線を受け止めてしまう。室内の暗がりでもわかる茶色い瞳がガラスでも出来ているかのようで、やはり似ていた。じっと瞳に意識も焦点も集中してしまうと、忘れようとしていた記憶が頭をよぎった。
「私じゃダメですか」小さい声で呟くと、女はふと下を向く。
女につられて向いた視線の先で、酔いが溜まっているような女の鎖骨のくぼみが目に入った。華奢というよりも女性的な丸みに目をひきつけられながら、杯を手にしたままの女の手に力を入れた。

女の瞳が熱を帯びて訴えるように俺を見上げ、形のいい柔らかそうな唇が震えながらゆっくりと開く。「このまま…このまま、で…」誘うように揺れる声にも甘い熱が隠れている。そして俺の胸へと倒れかかり、酒が二人の着物を濡らした。
女から立ち上る香水の甘い香りで頭がくらくらとする。濡れた着物の冷たさよりも、俺の着物の合わせ目へかかる女の熱い息が俺をのぼせ上らせ、胸に押し付けるようにしている唇から呟くように漏れる誘いの言葉に、知らずに頭の中で応えてしまっている自分がいた。
緩んだ女の着物から白い肌が上気して俺を呼び、俺の手をとった女の手がそこへと誘導する。そしてそのまま探るような俺の右手を残して、空いている左手をとり俺の指を銜えた。血液の温度が上昇するのが分かると、右手にも熱が入る。
痺れたような頭も目も、耳にも手にも俺の意識をまっとうなところへ引っ張り上げる力はなく、そのまま溺れてしまいたかった。違う女なら、俺は溺れてもいいと微かに思った。

いつの間にか室内はぼんやりと暗く、衣擦れの音だけが響いていた。
ふいに、俺のわき腹から背中へと女の手が伸びた。爪の先だけでさわさわと撫でるように這わせると、そこからぞくぞくするような感覚が真ん中へと伝わった。
「印を残してもいい?」と、俺の指を離して女はふと呟き、また口に銜えた。
途端に、先ほどの爪の軌跡をなぞる様に体が強張り、俺の熱は一瞬で冷めた。

俺の様子に気が付かずに、女は俺の左手を熱心に口の中で愛撫しているが、俺の耳にはどこからか聞こえる荒っぽい男の笑い声が近藤さんのように思えて仕方なかった。
「どうしたの?」ようやく気が付いて、無邪気に女は訊ねた。

「すまねえな」この女が前をはだけていることが急に苦しくなって、着物のあわせを直してやろうとすると、女は逆らうようにぐっと前を開けた。それ以上何も応えない俺に手を伸ばし、着物を開き俺の胸に赤い舌を這わせた。
「おい、やめねえか」女の頭をぐっと押しやる。女は怒ったように俺を見上げ、尚も顔を埋めようとする。
「やめろって、おい。もういいんだって、やめねえか、やめろって」行為を続ければどうにかなると女は思っているようだったが、一度醒め切ってしまった頭には興奮の微塵も残っちゃいなかった。俺の股間に手を伸ばそうとした女の手をとり、 「すまねえな、俺にはやっぱり無理だ」と告げると女の顔色が変わった。

「あんた、ここがどういう場所だか知ってるんでしょ。それとも馬鹿にでもしに来たって言うの?」噛み付くように言う女の目が、通りで初めて見たときのようにギラギラと俺を睨みつける。
「馬鹿になんてするつもりじゃねえ、そんなんじゃねえんだ」俺はどうしてここに来ちまったんだろうな。違う女だって初めに会ったときから分かっていたのに。
「じゃあ無理だってどういうことよ。あんたその気になってたじゃない、あたしとじゃ無理だってこと?」
「すまねえな」女の言うことは図星だった。
ああそうだ、俺には無理なんだ。この女だから、いくら違うとはいえ似すぎている女だから無理なんだ。無理だってことは、この女に会ったときから分かっていたはずなのに、俺は分からねえフリをしていた。
違う女であることを、違う女ならいいのだと理由をくっつけていただけだった。

頭を下げた俺に、女は徳利に残っていた酒をぶちまけた。
「アンタも商売女だって馬鹿にしてるんだろ」空になった徳利を女は壁に向かって投げつけた。
ガチャンという徳利の割れる派手な音がして、「撫子さん、大丈夫ですか」と間の抜けた声で男の店員が外から声をかけると「うるせえっ」と、それを女は怒鳴りつけた。「お客さん、大丈夫ですか」と今度は俺へ訊ねるので、「ああ」とだけ返した。
「女買いに来たくせに無理だって、私じゃ無理だってさ。馬鹿にしてるじゃあないか、あいつもあんたも。ここに来るヤツなんて大嫌いだ、男なんて大嫌いだ」大声で叫ぶと、手当たり次第に手近にあるものを俺に投げつけた。避けることは簡単だったが、俺はつったままになって投げつけられていた。
この女が本当に向かい合いたい相手は俺じゃねえんだろうが、そいつの代わりにこれを投げつけられるままになっているのも、この女にほんの少しでも彼女を重ね合わせてここに来た俺の役目だ。

本当に言葉を交わしたい相手は、俺もこの女もお互いじゃねえ。

「すまねえ」昔の自分が今の俺と重なりながら、頭を下げているような気がした。
「悪ぃな、俺には頭さげることしかできねえんだ」
「ばかっ」
どんと、肩を急に強く押されて俺はよろけて女を見た。
涙でぐしゃぐしゃになって化粧がまだらに剥げた顔、目の周りのアイラインが川のようになって黒く流れ、強く泣き叫んだから鼻水と一緒によだれまで垂れていた。俺と目が合うと、小さな子どもが泣くみたいにわーんと声を上げて泣く女を、かわいらしいと初めて思った。
「もう、もう二度と面ぁ見せんじゃない、よ。あんたなんて、もう、会いたくない、ん、だからっ」
ひっくひっくとしゃくりあげて泣きながらそう言って、扉を差して「帰っちまぇ」と小さな声で呟いた。

慰めの言葉をかけてやろうとほんのちょっとだけ思ったが、俺は止めた。
多分、それは俺の役目じゃねえし、あの女も俺の言葉なんざ必要としちゃいねえだろう。

酒で濡れた俺にカウンターの男が急いでタオルを持ってきたが、それを断って現金を多目に払って店を出た。
店を出ると辺りはちっとは静かになっていて、通りを冷たい風が吹き抜けた。灯りを消した看板の中、懐手で酒の匂いをさせながら歩いている俺は、あの時と全く変わっちゃいねえ。女のところから帰るのも、帰る先に近藤さんがいるのも同じだった。

何、やってんだろうな。
何、やってきたんだろうなぁ。

立ち止まって、俺はタバコに火をつけた。
ゆっくりと苦いもんを飲み込んで、自分に染み込ませてから吐き出して、夜から朝になり始めた空を見上げた。

あの日見た、細い月が静かにそこにあって、俺を変わらずに見ていた。
なんも変わっちゃいねえその様子に向かってタバコをゆっくりとふかすと、俺は俺の戻る場所へと向かった。
 


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